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『福翁自伝』 福沢諭吉

 

現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)

現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)

  • 作者:福澤 諭吉
  • 発売日: 2011/07/07
  • メディア: 新書
 

 

おすすめ度: ★★  (3つ星が最高点)

  『学問のすすめ』などを著し、慶応義塾大学を創設した福沢諭吉による自伝。

 

  幼少期から時系列順に語られているが、下級武士の元に生まれた諭吉は、若いころから「先祖代々、足軽の家に生まれたら足軽のまま」である封建制度に強い反発があった。この反骨精神は生涯にわたって諭吉の原動力となる。

 

  長崎でオランダ語に出会って、諭吉は西洋学に初めて触れる。本格的にオランダ語を学び始めるのは、兄を頼って大阪に出て、適塾で学び始めてからである。

  適塾で学んでいた頃、ある大名が洋書を持っていると聞きつけると、拝み倒してその高価な洋書を貸してもらい、適塾の学生たちみんなで手分けして夜を徹して写本をしたなんて苦労話が語られている。

 

  諭吉は数年にもわたってオランダ語を学んだものの、横浜にきてみるとオランダ語では外国人に通じないことを知る。英語を学ぼうと決意するものの、これまでオランダ語を学んだことは無駄だったのかと絶望感に打ちひしがれる。ところが、英語を学び始めると、オランダ語との共通点に気がつき、オランダ語の修練は無駄ではなかったことに気がつく。英和辞典が存在しない時代の苦労は並みならぬものがある。ないしろ、英蘭辞書を片手に、英語→オランダ語→日本語と翻訳しなければならないのだから。

 

  勝海舟も同乗した咸臨丸に乗船できた経緯が詳細に書かれている。諭吉はつてを頼って艦長の木村摂津守を紹介してもらい直談判したところ、あっさり同乗を許可される。軍艦奉行の家来でさえ、アメリカに行きたいと手を挙げる者はほとんどいなかったのだ。数百年にもわたり鎖国状態にあった日本人にとって、外国に行くことは命がけの冒険であり、航海にしり込みするのは当然のことだった。

 

  帰国後、諭吉は語学力を買われ、明治政府からは再三にわたって、外務省で働いてほしい打診されるも、断り続けた。徳川幕府にも明治政府にもくみせず、独立自尊を貫き、自由に学問に精進する道を選ぶ。

 

  あの時代の空気が皮膚感覚で感じられ、激動の時代を自分らしく生きた青春物語としても秀逸。夏目漱石の『坊ちゃん』を彷彿とするような痛快さがあり、抜群の面白さ。

『落日の門 連城三紀彦傑作集2』連城三紀彦

 

落日の門 (連城三紀彦傑作集2) (創元推理文庫)

落日の門 (連城三紀彦傑作集2) (創元推理文庫)

 

 

おすすめ度: ★★ (3つ星が最高点)

 連城三紀彦の膨大な短編から選りすぐった傑作集の第2集。

 本書の白眉は『落日の日』として収められた5編。発表当時、話題にならず黙殺された作品で、一部のファンしか知られていない。埋もれてしまうには惜しい傑作揃いの短編で、本書に再録された意義は大きい。

 

 2.16事件にかかわった人物たちを中心とした疑似歴史小説。疑似歴史小説とは、実在の人物はひとりも登場せず、あくまで舞台装置として歴史上の事件を扱っていることから名づけられたもの。

 

 2.16事件の主犯格である安田、村橋ら青年将校たちと彼らを巡る女性たちによって、物語が進む。一編ごとに独立した短編ミステリーでありながら、大きな物語として緩やかにつながっており、長編ミステリーとしても楽しめる趣向となっている。最後を飾る『火の密通』を読み終えると、物語全体を覆う大きな謎解きが提示され、また最初に戻って読み返したくなること必至である。

 

 連城三紀彦にとって、最大のミステリーとは恋愛を巡る人間の心理にある。登場人物たちの心理が刻々と著しく変わることによって、次々と不可解な謎が発生する。連城マジックともいうべき、真実と嘘が目まぐるしく反転し続け、読み進めるにしたがって、軽い幻惑と陶酔を感じるほど。人工的な技巧の限りを尽くしているのに、読んでいる最中は物語の面白さに目を奪われ、その技巧を感じさせない読みやすさ。連城三紀彦の魔術的な筆致を堪能できる。

『湖の男』アーナルデュル・インドリダソン

 

湖の男 (創元推理文庫)

湖の男 (創元推理文庫)

 

 

おすすめ度: ★★ (3つ星が最高点)

  アイスランドレイキャヴィク警察の犯罪捜査官エーレンデュルを主人公とする警察小説の4作目。

 

  干上がった湖底から数十年前と推定される白骨が見つかる。頭蓋骨には穴が開き、ソ連製の盗聴器が体に結び付けられていた。エーレンデュルは同僚の警察官と共に、国籍さえはっきりしない遺体の捜査を始める。

 

  警察の捜査と並行して、ある男の過去が回想される。若い頃、男は社会主義を信奉し、優秀な学力を認められて東ドイツに留学した。憧れの国で、同じくアイスランドから留学している友人たちと交流を深める。ハンガリーからきた女子学生との同棲生活を始め、前途洋々の学生生活が始まったかのように見えた。しかし、女子学生が突如、失踪する。

 

  事件の背景となっているのは第二次世界大戦後の冷戦時代である。人口わずか30万人の小国アイスランドでさえ、冷戦とは無縁ではなかった。アイスランドソ連・東ヨーロッパとアメリカ・西ヨーロッパの間に位置し、地政学的に重要な地であった。冷戦が終結するまで、自国の軍隊を保持しないアイスランドにはアメリカ軍が駐在し、国内には東側と西側のスパイが跋扈し、情報戦を繰り広げていた。

 

  社会主義という理想を追い求めた学生たちが大人になり、ある者は理想を諦め、ある者はかつての仲間を密告するスパイに成り下がる。そして、ある者はいつまでの過去の遺恨を胸に抱えたまま長い人生を生きていく。この事件は、時代に翻弄された悲劇の人間ドラマである。

 

  個人的な犯罪を端緒として、国家への告発に進展していく展開は北欧ミステリーの伝統を正統に引き継いでいる。

  ヨーロッパミステリ大賞、バリー賞受賞作。

『ロックで生活する方法』 忌野清志郎

 

ロックで独立する方法 (新潮文庫)

ロックで独立する方法 (新潮文庫)

 

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 

  日本の偉大なるロックバンドであるRCサクセション忌野清志郎のインタビュー集。

  編集者によるあとがきによると、本書の元となった隔月刊誌の原稿は、インタビューアーと清志郎による対談として掲載されていた。しかし、「より直接的なメッセージとして清志郎の言葉を届けたい」との方針転換から、清志郎の独白としてインタビューを編集し直したのが本書。この試みは見事に成功し、まるで清志郎が喫茶店でくつろぎながら読者に語りかけているような臨場感がある。

 

  高校時代に仲間とバンドを結成、そしてレコード・デビュー時のエピソードから始まり、時系列順に語られていく。「ぼくの好きな先生」などがヒットしたことによって、一躍脚光を浴び、日本のロック史に残る偉大なバンドとして確固たる地位を築き上げる。ところが、メンバーとの擦れ違いからRCサクセションを解散し、新たなバンドを新生し、音楽活動を続けていく。

 

  本書を読んでびっくりしたことがある。RCサクセションというと、清志郎のワンマン・バンドというイメージが一般的だ。でも、清志郎はそうじゃないという。自分はあくまでバンドマンの一員にすぎないと。実際、音楽活動による収入はバンド内で平等に分けあっていたという。

 

  レコード会社やファンに左右されることなく、ミュージシャンとして、表現者として、自分の表現したいことを誠実にやり抜いた清志郎の生きざまには脱帽する。

 

『すべての医療は「不確実」である』 康永秀生

すべての医療は「不確実」である (NHK出版新書 567)

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 「これを食べればがんが治る」とか「これを飲めば痩せられる」などのエセ医療や健康食品の世間をにぎわすことが後を絶たない。

 本書は臨床疫学の専門である著者が「すべての医療は『不確実』である」との立場から、医学の限界を自覚しながらも、エビデンス(科学的根拠)に基づいた医療を追究したものである。

 

 よくある健康食品については病気を直接治す効果はないと断言する。では、病気に効果がある食事法とか何か?

 バランスのいい食事、腹八分目、よく噛んで食べることの3つが健康によい食事法であると指摘する。誰もが知っている当たり前の結論であるが、食事と健康との関係の意外性を求めるべきではないと釘をさす。

 

  ジャ-ナリズムの罪悪を警鐘している。

  タミフルが導入された当時、タミフルを服用した患者が異常行動を起こし自殺したとの事故が新聞やテレビでにぎわった。専門家たちはタミフルの服用が一因となっている可能性もあると指摘したにすぎなかったが、あたかもタミフルが直接的な原因であると断言した報道がされた。その後の調査で、タミフルを原因としたものではなく、インフルエンザの症状であることが判明し、当時の報道は誤りであった。

 

 子宮頸がんワクチンはほぼエビデンスが確立されたものだった。朝日新聞に、ある中学生がワクチンを接種したことにより、しびれなどの副作用が生じたという記事が掲載された。この記事が波紋を起こし、厚生労働省はワクチンの接種を「積極的な勧奨」から個人の「自由」と方針転換された。専門家によると、ワクチンと副作用の因果関係は考えにくいとの意見にもかかわらず、この点をマスコミは報道しなかった。将来、ワクチンの接種を受ける女性が減少した結果、日本では子宮頸がんが増加することになるだろうと警鐘を鳴らしている。

 

 これらの悪しき例は、エビデンスを無視した結果に生じたものである。私たちもマスコミによる煽情的な報道に惑わされることなく、しっかり事実に目を向けるべきだろう。

『本を売る技術』矢部潤子

本を売る技術

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

本の雑誌』の杉江由次氏が、36年間、売り場で勤務した矢部潤子氏から、売れる書店を作るための極意をつぶさに聴き取ったインタビュー集。矢部氏は芳林堂書店、パルコブックセンター、リブロ池袋本店など時代をけん引した書店で勤務した経歴をもつ。

 

本の注文と返本、本棚の並べ方、スリップの活用方法、ポスターの貼り方に至るまで、これまで書店員が口伝してきた指南が事細かく語られている。

特に興味深かったのは、平台での本の並べ方。百戦錬磨の書店員の知恵が凝縮され、並べ方いかんによって売れ行きが変わってしまうという。32点の本が並べられる平台があったら、どのような順番で本を置くべきか?ぜひ本書を手にとって、確かめてほしい。

 

出版社やジャンルごとに並べてあるだけに見える本が、書店員による周到な意図、いや商売魂のもとに配置されていることがよくわかる。

これまで私は自分の興味にあわせ自発的に本を手に取っていると思っていたけど、書店員の巧妙な思惑によって本を選んでいたにすぎないのでは?そんな疑念が頭をかすめた。もちろん書店員の仕掛けに乗せられたにせよ、ワン&オンリーといえる新たな本との出会いであったわけで、喜ばしい限りだ。

 

明日から本屋へ行く目が変わる一冊。

『グラスホッパー』 伊坂幸太郎

 

グラスホッパー (角川文庫)

グラスホッパー (角川文庫)

 

 

おすすめ度: ★★★(3つ星が最高点)

 

 教師の鈴木は事故で妻を亡くす。妻の死を不審に思った彼が興信所に調査を依頼したところ、妻は事故死ではなく、「令嬢」という怪しげな会社を経営している寺原の長男により轢き殺されたと判明する。鈴木は妻の復讐を果たすため、教師を辞め、「令嬢」の社員として潜入し、寺原長男を殺害する機会をうかがっていた。その矢先、鈴木の目の前で、寺原は車に轢かれて亡くなってしまう。同僚の比与子によると、事故ではなく、事故に見せかけて暗殺する「押し屋」と呼ばれる殺し屋によって殺されたのだという。比与子の命令で、鈴木は逃げた「押し屋」の後を追跡する。

 

 一方、不祥事を起こした政治家の依頼で、「自殺屋」と呼ばれる殺し屋は彼の秘書を自殺させる。ところが、「自殺屋」を信用できなくなった政治家は、新たな殺し屋「ナイフ使い」を雇い、「自殺屋」を抹殺しようと謀る。ところが、「ナイフ使い」が予定の場所に遅刻したため、逆に政治家は「自殺屋」の手によって自殺させられてしまう。「自殺屋」は自分の殺しを請け負った「ナイフ使い」を殺害することを決意する。そして、「ナイフ使い」は殺し屋としての名を上げようと、「押し屋」を殺そうと企む。

かくして3人の凄腕殺し屋たちの殺戮ゲームが幕を開ける。

 

 3人の殺し屋のキャラクター造形が抜群にいい。「自殺屋」はターゲットに語りかけ、一種の催眠術のような技によって、自殺に追い込む。こんな荒唐無稽で現実には絶対存在しそうもない人物なのに、圧倒的なリアリティーで存在している。殺し屋だけではない。脇役たちもいい味を出している。「ナイフ使い」に仕事を斡旋する岩西は、ことあるごとに彼の尊敬するミュージシャンのジャック・クリスピンの言葉を引用する。「死んでるみたいに生きたくない」など決め台詞をしばしば口にし、読者を楽しませてくれる。

 

 洒脱な会話に隠された伏線の妙、伊坂幸太郎お得意の時間の巻き戻し技法が多用され、効果を上げている。生死をかけた非情な世界に生きる男たちの姿を、軽妙な文体で活写した、いかした犯罪小説。