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『山怪』 田中康弘

 

ヤマケイ文庫 山怪 山人が語る不思議な話

ヤマケイ文庫 山怪 山人が語る不思議な話

 

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 

 タイトルの「山怪」とは誰もが存在を認めていながら、正体のわからない日本の山にいる怪奇的な何かをいう。著者はフリーカメラマンとして、全国の山や狩猟の現場を歩き回っている。そこで収集した語りの原石である山怪を収集したものが本書である。

 

 本書に登場する山怪は、闇夜に見える狐火、歩きなれたはずの場所で忽然と行方不明となってしまう神隠し、周囲に何もいないはずなのに不気味な音がするといった類の話が満載されている。

 

 著者はこうした不可思議な出来事に対して、実在する現象ではなく、個人の脳内に浮かび上がる心象ではないかと推測している。だが、その風景を浮かび上がらせている源は山にあるという。

 

 語りは語られてこそ命脈を保つことができる儚い存在である。著者が本書を執筆した動機は、現代社会では都会だけでなく山村であっても、テレビやゲームの登場によって、かつて地域に伝承された語りが消えつつあることに危機感を持ったことによる。

 

 著者が懸念する通り、あと数十年もしたら、ここで語られた物語は語り部を失い消滅してしまっていただろう。現代の『遠野物語』というべき貴重な作品である。