『小沢健二の帰還』 宇野維正
おすすめ度: ★ (3つ星が最高点)
本書は、ミュージシャン小沢健二の空白の19年の謎を追求したものだ。
小沢健二は、1990年頃に一世を風靡した渋谷系(渋谷のライブハウスを中心に活躍したミュージシャンを指す)の代表的なバンドであるフリッパーズ・ギターに在籍していた。フリッパーズ・ギター解散後は、ソロ・デビューし、1994年、「今夜はブギーバック」や「ラブリー」などが収められた名アルバム「LIFE」を大ヒットさせ、一躍ポップ・スターとして名を馳せた。
私はフリッパーズ・ギター時代から彼の大ファンであり、ソロ3枚目のアルバム「球体の奏でる音楽」以降、1998年ころから徐々に表舞台からフェードアウトしてしまう様子をさびしく思っていた。あのまま失速せずにずっと走り続けていれば、きっと国民的なシンガーになっていたに違いないと。
本書は、芸能人の私生活を暴露するのではなく、公表された楽曲や出版物、ブログなどに基づき、丁寧に事実関係を調べあげ、謎の空白期間を推察している。公表された作品だけを頼りに謎解きをするのは、ミュージシャンとファンという関係性において、とっても誠実な姿勢だと思う。
なぜ小沢は一時的に戦線から離脱したのか?なぜ2016年になって、突如、19年ぶりのシングルを発売し、また表舞台に舞い戻ってきたのか?
本書でもその理由は、明快な解答としては提示されていない。ただ、小沢健二が虚構に彩られたポップ・スターであり続けることに懐疑的になったことは間違いないようだ。一線から退いたのは、表現者として真摯でありたいという、誠実な行為であったと私は理解した。
それに、空白期であっても小沢健二は表現者としての活動を全く辞めてしまったわけではなかった。かつてのように華々しくメディアに登場していなかっただけであって、地道に音楽活動と創作活動を行っていた。アメリカ人の妻とともに、世界各国を巡り見識を広げ、人間として大きな成長を遂げていたことも本書を読んでよくわかった。
本書は小沢健二が一過的なポップ・スターから真のアーティストとして復活を遂げた貴重な記録といえる。