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『神保町「ガロ編集室」界隈』高野慎三

 

神保町「ガロ編集室」界隈 (ちくま文庫)

神保町「ガロ編集室」界隈 (ちくま文庫)

  • 作者:高野 慎三
  • 発売日: 2021/02/13
  • メディア: 文庫
 

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 かつて『月刊漫画ガロ』というマンガ雑誌があったことをご存知だろうか。

 1964年から2002年まで発行されていた、漫画雑誌である。発行部数5万部にも満たない漫画業界の隅っこに位置していたマイナー雑誌にもかかわらず、その後の漫画界に多大な影響力を及ぼした。

 本書は青林堂のガロ編集室に転職し、5年間にわたって編集に携わった著者が、『ガロ』に投稿していた漫画家たちとの交流をつぶさに綴ったものである。

 

 漫画家たちの顔ぶれがすごい。漫画史に残る名作『カムイ伝』を連載していた白土三平水木しげるつげ義春池上遼一滝田ゆう佐々木マキなど、レジェンドとも呼べるそうそうたる面子である。漫画家だけではない。芸術家の赤瀬川原平、評論家の石子順造、映画監督の鈴木清順たちとのエピソードも余すことなく紹介されている。

 

 本書を読むと、1960年代とは反体制であり、反ベトナム戦争であり、政治の季節であったことがわかる。何よりも若者たちによる学生運動の時代であった。

 だから、当時、発表された漫画や芸術を語るには学生運動とは切っても切れない関係にあった。中でも『ガロ』は、学生運動に身を投じる若者の精神性を写す鏡として機能していた。

 

 熱狂的な読者たちが神保町に構える青林堂にふらりと立ち寄り、漫画家たちと自然に交流し議論していたことに驚かされる。現在では考えらない牧歌的な風景である。

 漫画家も読者も同世代の10~20代であり、新しい時代の、新しい表現を見つけようと悪戦苦闘していた。よき漫画家とよき読者による共同作業によって、時代を色濃く反映した良質な作品が生み出されていたといえるだろう。

 

 自分が経験したこともない古い昔の情景なのに、たまらなく懐かしく気持ちになる。私もその場に立ち会いたかった。

 青林堂とは、もうひとつのトキワ荘だったと痛切した。