本のソムリエ

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『破船』 吉村昭

 

 

おすすめ度: ★★  (3つ星が最高点)

 人里から遠く離れた極貧の漁村が舞台となり、9歳の少年・伊作の視点で村での生活が語られていく。物語は伊作の父が年期奉公のため村を去る場面から始まる。この村では、生活の糧となるのはささやかな漁による営みだけであり、不漁が続いたら即、家族の者が身売りして年期奉公にいかなければ暮らしていけなかった。過酷な奉公勤めで命を落とす者も珍しくなかった。

 

 ある日、伊作は村おさに呼び出され、冬に塩焼きをする仕事に加わるよう命ぜられた。村に恵みをもたらす「お船様」と呼ばれる古くから伝わる風習があった。その風習は夜中に塩焼きをし、その炎の光に導かれた廻船を故意に座礁させ、米俵などの積み荷を略奪することだった。「お船様」があった年は村全体が潤う一方、数年間も「お船様」が途絶えると、年期奉公に行く者や死者が出るほど村は窮地に陥る。だから村人たちは「お船様」がやってくることを心待ちにしていた。

 ある晩、「お船様」がやってきて、村人たちは歓喜に包まれるが、その船は村を窮地に陥れるのだった・・・

 

 著者は民俗学者のような鋭意な観察力と描写力で、漁村の暮らしぶりを筆致している。まるで読者が村人のひとりとして生活しているかのような錯覚に陥るほど。冷徹で硬質な文体の中にも、過酷な境遇に翻弄される人間への哀惜がにじみ出ている。

 世界がコロナ禍に見舞われている今だからこそ、読むべき一冊。