『昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』丸山宗利
おすすめ度: ★ (3つ星が最高点)
図鑑御三家のひとつ、学研の昆虫図鑑は元昆虫少年だった著者にとってあこがれの図鑑だった。その学研から昆虫図鑑を監修してほしいとの依頼が舞いこむ。かくして著者の挌闘の1年間が始まる。
従来、昆虫図鑑はもっぱら標本化された死んだ虫の写真が中心だった。そんな旧来からの図鑑に飽き足らなくなっていた著者は、プロ・アマ問わず信頼できる虫屋の仲間たちを次々と募り、生きた昆虫を撮影した図鑑作りに日本中を東奔西走する。
石垣島まで遠征して珍しい虫を捕獲して大喜びしたり、なかなか狙った撮影ができず悲嘆に暮れたり、フンに群がる虫をおびき寄せるために自ら野グソを決行するなど、大まじめだけど抱腹絶倒のエピソードが満載だ。彼らを突き動かしているのは、昆虫への限りない愛情と子供たちのために素晴らしい図鑑を作りたいという熱意だ。
本書は昆虫図鑑作りに情熱を燃やす虫屋たちの真剣勝負の奮闘記であり、永遠の昆虫少年たちの青春記でもある。捕虫網を振り回して虫取りに夢中になっている永遠少年たちの楽しそうな笑い声が行間から聞こえてくる。
『逆ソクラテス』伊坂幸太郎
おすすめ度: ★ (3つ星が最高点)
伊坂幸太郎は「いかに悪意と対峙するか」というテーマと繰り返し取り組んできた。
強盗や殺人といった巨大な悪意もあるし、偏見や先入観といったささやかな悪意もあるある。本書は後者のささやかだけれど、見過ごすことはできない悪意を扱った短編5つを収録している。
表題作の『逆ソクラテス』はこんな物語。
久留米という小学校教員は、優秀な生徒とだめな生徒を決めつける男だった。自分が気に入った生徒がテストでいい点を取れば、「さすがよく勉強している」とほめる。一方、だめな生徒がいい点を取っても、「まぐれだろう」と冷やかす。久留米先生の一言によって、クラスでの生徒の評判と地位が確定してしまうのだった。その久留米先生の受け持つクラスに安斎という転校生がやってきた。安斎は、先入観で生徒を判断する久留米先生に一泡ふかせるために、だめな生徒の代表である草壁と数人の友人たちと協力して、思いもよらぬ奇策を次々と実行していくのだった。
柴田錬三郎受賞作。
『破船』 吉村昭
おすすめ度: ★★ (3つ星が最高点)
人里から遠く離れた極貧の漁村が舞台となり、9歳の少年・伊作の視点で村での生活が語られていく。物語は伊作の父が年期奉公のため村を去る場面から始まる。この村では、生活の糧となるのはささやかな漁による営みだけであり、不漁が続いたら即、家族の者が身売りして年期奉公にいかなければ暮らしていけなかった。過酷な奉公勤めで命を落とす者も珍しくなかった。
ある日、伊作は村おさに呼び出され、冬に塩焼きをする仕事に加わるよう命ぜられた。村に恵みをもたらす「お船様」と呼ばれる古くから伝わる風習があった。その風習は夜中に塩焼きをし、その炎の光に導かれた廻船を故意に座礁させ、米俵などの積み荷を略奪することだった。「お船様」があった年は村全体が潤う一方、数年間も「お船様」が途絶えると、年期奉公に行く者や死者が出るほど村は窮地に陥る。だから村人たちは「お船様」がやってくることを心待ちにしていた。
ある晩、「お船様」がやってきて、村人たちは歓喜に包まれるが、その船は村を窮地に陥れるのだった・・・
著者は民俗学者のような鋭意な観察力と描写力で、漁村の暮らしぶりを筆致している。まるで読者が村人のひとりとして生活しているかのような錯覚に陥るほど。冷徹で硬質な文体の中にも、過酷な境遇に翻弄される人間への哀惜がにじみ出ている。
世界がコロナ禍に見舞われている今だからこそ、読むべき一冊。
『不吉なことは何も』フレドリック・ブラウン
おすすめ度: ★★★ (3つ星が最高点)
『真っ白な嘘』に続くフレドリック・ブラウンのミステリー短編第2集。
フレドリック・ブラウンの魅力は、ユーモアあふれる洒脱な会話、一瞬にして場面を一転させてしまう切れ味抜群の一文、謎解きの面白さと絶妙な結末。
長編にしてもおかしくないほどの豊富なアイデアと予想不可能なプロットを惜しげもなく短編に注入している。
どの作品もはずれはないが中でもお勧めは、饒舌な保険外交員が誘拐事件に巻き込まれ大活躍する『生命保険と火災保険』、天性のスリ師が窃盗脅迫症の男に出会う顛末を描いた『ティーカップ騒動』、作曲家の家に呼び鈴を鳴らした猫が潜り込んできたことから危険な事件に巻き込まれる『サタン一・五世』。
『赤盤』古塔つみ
おすすめ度: ★★ (3つ星が最高点)
YOASOBIのイメージ・グラフィックとして馴染みのある古塔つみによる初画集。
「女子しか描けません。すてきな人しか描けません」をコンセプトにしているイラストレーターらしく、登場する少女たちはどの子も瞬殺されてしまうほど魅力的。
江口寿史ふうのPOPな少女だったり、奈良美智ふうの生意気そうな少女だったり、アンディ・ウォーホルふうに異なる色彩で同じ少女を描き分けたり、と多彩な手法を駆使している。
少女たちの、気取っている一瞬であったり、幼さの中に大人びた表情を浮かべている一瞬であったり、憂いに沈んでいる一瞬であったり、すねている一瞬であったり、途方に暮れている一瞬であったり、本作を見れば、可愛い女の子たちのすべての表情に出会える。
少女百景と呼ぶべきイラスト集。
『神保町「ガロ編集室」界隈』高野慎三
おすすめ度: ★ (3つ星が最高点)
かつて『月刊漫画ガロ』というマンガ雑誌があったことをご存知だろうか。
1964年から2002年まで発行されていた、漫画雑誌である。発行部数5万部にも満たない漫画業界の隅っこに位置していたマイナー雑誌にもかかわらず、その後の漫画界に多大な影響力を及ぼした。
本書は青林堂のガロ編集室に転職し、5年間にわたって編集に携わった著者が、『ガロ』に投稿していた漫画家たちとの交流をつぶさに綴ったものである。
漫画家たちの顔ぶれがすごい。漫画史に残る名作『カムイ伝』を連載していた白土三平、水木しげる、つげ義春、池上遼一、滝田ゆう、佐々木マキなど、レジェンドとも呼べるそうそうたる面子である。漫画家だけではない。芸術家の赤瀬川原平、評論家の石子順造、映画監督の鈴木清順たちとのエピソードも余すことなく紹介されている。
本書を読むと、1960年代とは反体制であり、反ベトナム戦争であり、政治の季節であったことがわかる。何よりも若者たちによる学生運動の時代であった。
だから、当時、発表された漫画や芸術を語るには学生運動とは切っても切れない関係にあった。中でも『ガロ』は、学生運動に身を投じる若者の精神性を写す鏡として機能していた。
熱狂的な読者たちが神保町に構える青林堂にふらりと立ち寄り、漫画家たちと自然に交流し議論していたことに驚かされる。現在では考えらない牧歌的な風景である。
漫画家も読者も同世代の10~20代であり、新しい時代の、新しい表現を見つけようと悪戦苦闘していた。よき漫画家とよき読者による共同作業によって、時代を色濃く反映した良質な作品が生み出されていたといえるだろう。
自分が経験したこともない古い昔の情景なのに、たまらなく懐かしく気持ちになる。私もその場に立ち会いたかった。
『know』野﨑まど
おすすめ度: ★★★(3つ星が最高点)
2081年、超情報化社会と化した日本では、超情報化対策として、人造の脳葉<電子葉>の移植が義務付けられ、情報量によって社会的地位が決定されていた。情報の階級=人間の階級であり、一般人はクラス2、情報庁の職員はクラス5、大臣はクラス6と格付けされていた。
情報庁に勤務する高級官僚・御野・連レルは、恩師であり12年前に行方不明となった研究者、道終・常イチが残した暗号を偶然発見し、彼の捜索を始める。道終は京都・嵐山で、親のいない子供たちのためにひっそりと養護施設を経営していた。
道終はひとりの少女を御野に託すと、御野の目前で自殺を図る。道終・知ルという名の14歳の少女は、電子葉とは桁違いな情報能力を持つ<量子葉>を初めて移植されたクラス9の超人だった。
彼女からの頼みは、4日間だけ自分の身を保護してほしいということだった。「4日後にはすべてがわかるから」と謎の言葉をささやいて。量子葉の機密を入手したいがため、躍起になって少女の奪還を謀ろうとするIT企業アルコーン社と2人の逃走劇が始まる。それは人類最大の謎に挑む知の冒険の始まりでもあった。
映画『マトリックス』ばりの電脳アクション・シーンの数々。
そして、人類最大の謎とは何か。その謎に対する解答は解かれるのか?
読み終えると、タイトル『know』に込められた深遠な意味が何もかも氷解する。
神話、哲学、宗教のすべてを丸呑みし、エンターテイメントとして昇華した、2000年代を代表する超ど級のSF小説。