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『グラスホッパー』 伊坂幸太郎

 

グラスホッパー (角川文庫)

グラスホッパー (角川文庫)

 

 

おすすめ度: ★★★(3つ星が最高点)

 

 教師の鈴木は事故で妻を亡くす。妻の死を不審に思った彼が興信所に調査を依頼したところ、妻は事故死ではなく、「令嬢」という怪しげな会社を経営している寺原の長男により轢き殺されたと判明する。鈴木は妻の復讐を果たすため、教師を辞め、「令嬢」の社員として潜入し、寺原長男を殺害する機会をうかがっていた。その矢先、鈴木の目の前で、寺原は車に轢かれて亡くなってしまう。同僚の比与子によると、事故ではなく、事故に見せかけて暗殺する「押し屋」と呼ばれる殺し屋によって殺されたのだという。比与子の命令で、鈴木は逃げた「押し屋」の後を追跡する。

 

 一方、不祥事を起こした政治家の依頼で、「自殺屋」と呼ばれる殺し屋は彼の秘書を自殺させる。ところが、「自殺屋」を信用できなくなった政治家は、新たな殺し屋「ナイフ使い」を雇い、「自殺屋」を抹殺しようと謀る。ところが、「ナイフ使い」が予定の場所に遅刻したため、逆に政治家は「自殺屋」の手によって自殺させられてしまう。「自殺屋」は自分の殺しを請け負った「ナイフ使い」を殺害することを決意する。そして、「ナイフ使い」は殺し屋としての名を上げようと、「押し屋」を殺そうと企む。

かくして3人の凄腕殺し屋たちの殺戮ゲームが幕を開ける。

 

 3人の殺し屋のキャラクター造形が抜群にいい。「自殺屋」はターゲットに語りかけ、一種の催眠術のような技によって、自殺に追い込む。こんな荒唐無稽で現実には絶対存在しそうもない人物なのに、圧倒的なリアリティーで存在している。殺し屋だけではない。脇役たちもいい味を出している。「ナイフ使い」に仕事を斡旋する岩西は、ことあるごとに彼の尊敬するミュージシャンのジャック・クリスピンの言葉を引用する。「死んでるみたいに生きたくない」など決め台詞をしばしば口にし、読者を楽しませてくれる。

 

 洒脱な会話に隠された伏線の妙、伊坂幸太郎お得意の時間の巻き戻し技法が多用され、効果を上げている。生死をかけた非情な世界に生きる男たちの姿を、軽妙な文体で活写した、いかした犯罪小説。