本のソムリエ

おすすめ本を紹介します

『小沢健二の帰還』 宇野維正

 

小沢健二の帰還

小沢健二の帰還

  • 作者:宇野 維正
  • 発売日: 2017/11/29
  • メディア: 単行本
 

 

 おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 本書は、ミュージシャン小沢健二の空白の19年の謎を追求したものだ。

 

 小沢健二は、1990年頃に一世を風靡した渋谷系(渋谷のライブハウスを中心に活躍したミュージシャンを指す)の代表的なバンドであるフリッパーズ・ギターに在籍していた。フリッパーズ・ギター解散後は、ソロ・デビューし、1994年、「今夜はブギーバック」や「ラブリー」などが収められた名アルバム「LIFE」を大ヒットさせ、一躍ポップ・スターとして名を馳せた。

 

 私はフリッパーズ・ギター時代から彼の大ファンであり、ソロ3枚目のアルバム「球体の奏でる音楽」以降、1998年ころから徐々に表舞台からフェードアウトしてしまう様子をさびしく思っていた。あのまま失速せずにずっと走り続けていれば、きっと国民的なシンガーになっていたに違いないと。

 

 本書は、芸能人の私生活を暴露するのではなく、公表された楽曲や出版物、ブログなどに基づき、丁寧に事実関係を調べあげ、謎の空白期間を推察している。公表された作品だけを頼りに謎解きをするのは、ミュージシャンとファンという関係性において、とっても誠実な姿勢だと思う。

 

 なぜ小沢は一時的に戦線から離脱したのか?なぜ2016年になって、突如、19年ぶりのシングルを発売し、また表舞台に舞い戻ってきたのか?

 

 本書でもその理由は、明快な解答としては提示されていない。ただ、小沢健二が虚構に彩られたポップ・スターであり続けることに懐疑的になったことは間違いないようだ。一線から退いたのは、表現者として真摯でありたいという、誠実な行為であったと私は理解した。

 

 それに、空白期であっても小沢健二表現者としての活動を全く辞めてしまったわけではなかった。かつてのように華々しくメディアに登場していなかっただけであって、地道に音楽活動と創作活動を行っていた。アメリカ人の妻とともに、世界各国を巡り見識を広げ、人間として大きな成長を遂げていたことも本書を読んでよくわかった。

 

 本書は小沢健二が一過的なポップ・スターから真のアーティストとして復活を遂げた貴重な記録といえる。

『アイドル、やめました AKB48のセカンドキャリア』 大木亜希子

 

アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア

アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア

 

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

  「卒業してしまったアイドルたちは、今、どうしているんだろう」誰もがときに頭に浮かぶ疑問だ。週刊誌でも「あの人は、今」といった記事がしばしば登場する。

  本書は秋元康プロデュースSDN48のメンバーとして活躍した経験を持つ著者が、AKB48を卒業した元アイドルたちを訪ね歩き、芸能界以外で活躍している面々をインタビューしたものである。

 

  一見きらびやかなアイドル業界は、場合によっては心身を蝕む過酷な世界でもある。

握手会は、アイドルにとって残酷な場所でもある。

  河野早紀「握手会って、人気が数値化されるから怖いですね。私の隣のメンバーの子はファンの人の大行列ができていても、私のレーンには同じ人しか来ないんです」

 

  自分の方がはるかに歌やダンスがうまいのにバックダンサーとしてしか出演できない、学校とアイドル活動を両立させるため、朝6時から深夜までフルで活動せざる得ない、といったこともアイドルの心身を壊す原因となる。「アイドルって頑張ったぶんだけ認められる職業でもない」(三ツ井裕美)からだ。

 

  本書に登場する元アイドル8人のセカンドキャリアは多岐にわたっている。アパレル販売員、ラジオ局社員、保育士、バーテンダーなど、アイドルと無縁な職業ばかり。

  でも、保育士になった藤本美月はこう答える。「アイドルの時はファンの人を笑顔にできるようにと考える。そして、今は園児を笑顔にできるように頑張る。環境は変わっても、やるべきことは一緒です」

 

  本書を読んで救われるのは、過酷だったアイドル稼業を経験しながらも、元アイドルたちは、みな一様に「アイドルでいられたことは今の人生にプラスになっている」と述懐していることだ。「何があっても立ち上がる力を鍛えてもらった」(三ツ井裕美

 

  著者がいうように、最後尾でしか踊れなかったアイドルだって、「ステージの中央からではなく、端っこだからこそ見えていた風景と経験が、人生をより豊かにしてくれるはずだから」

 

『狼の怨歌』平井和正

 

狼の怨歌【レクイエム】〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)
 

 

おすすめ度: ★★★  (3つ星が最高点)

『狼の紋章』に続く2作目。

  前作で死亡したと思われていた大神が生きていた。大神は、不老不死の研究に勤しむマッド・サイエンシストの人体実験の材料として囚われの身になっていた。

 

  一方、ジャーナリスト神は、CIA、中国諜報機関の双方から付け狙われる。CIA、中国諜報機関もまた、不老不死の秘密を巡って争奪戦を繰り広げていたのだ。大神が生きていることを知った神は同じ狼人として、大神を助け出すことを決意する。こうして、神、CIA、中国の諜報機関が三つ巴となって壮絶なバトルを繰り広げる。

 

  CIAの冷血な強者・西城、中国諜報機関の女性スパイなど魅力的なキャラクターが数多く登場し、外連味たっぷりの戦いは手に汗握る。

  「人間こそ悪魔ではないか」との問題提起は、永井豪の名作『デビルマン』と共通する。

『狼の紋章』平井和正

 

狼の紋章【エンブレム】〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)
 

 

おすすめ度: ★★  (3つ星が最高点)

  夜の帰り道、美人教師が暴漢に襲われたが、突如、素性の知れぬ男が現れ彼女を救いだす。

  翌日、彼女が勤める私立中学校に大神明という名の少年が転校してくる。美人教師は彼が自分を暴漢から救ってくれた者だと直感する。

 

  一方、学校を裏で支配する不良少年グループは、得体のしれない不気味さを身にまとった大神を快く思わず、毎日、彼に暴力をふるう。不良少年たちから袋叩きにあいながらも、無抵抗を貫く彼の姿を見て、良心的な生徒たちは大神をカリスマとして祭り上げようとする。

  不良少年たちのリーダー格は暴力団員の父を持つ生来の悪人であった。大神と真剣勝負をすべく美人教師を人質にとり、大神を挑発する。そして、二人の戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

  元々、マンガとして発表されたものを小説化したこともあり、劇画のように物語が起伏に富み、外連味たっぷりの描写はリーダビリティ抜群。ご都合主義も少しも気にならないほど、強力なストーリー展開でぐいぐいと読者を引きずりこむ。娯楽小説のお手本のような作品。

  生賴範義の表紙と挿絵が最大限に物語に花を添えている。

『福翁自伝』 福沢諭吉

 

現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)

現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)

  • 作者:福澤 諭吉
  • 発売日: 2011/07/07
  • メディア: 新書
 

 

おすすめ度: ★★  (3つ星が最高点)

  『学問のすすめ』などを著し、慶応義塾大学を創設した福沢諭吉による自伝。

 

  幼少期から時系列順に語られているが、下級武士の元に生まれた諭吉は、若いころから「先祖代々、足軽の家に生まれたら足軽のまま」である封建制度に強い反発があった。この反骨精神は生涯にわたって諭吉の原動力となる。

 

  長崎でオランダ語に出会って、諭吉は西洋学に初めて触れる。本格的にオランダ語を学び始めるのは、兄を頼って大阪に出て、適塾で学び始めてからである。

  適塾で学んでいた頃、ある大名が洋書を持っていると聞きつけると、拝み倒してその高価な洋書を貸してもらい、適塾の学生たちみんなで手分けして夜を徹して写本をしたなんて苦労話が語られている。

 

  諭吉は数年にもわたってオランダ語を学んだものの、横浜にきてみるとオランダ語では外国人に通じないことを知る。英語を学ぼうと決意するものの、これまでオランダ語を学んだことは無駄だったのかと絶望感に打ちひしがれる。ところが、英語を学び始めると、オランダ語との共通点に気がつき、オランダ語の修練は無駄ではなかったことに気がつく。英和辞典が存在しない時代の苦労は並みならぬものがある。ないしろ、英蘭辞書を片手に、英語→オランダ語→日本語と翻訳しなければならないのだから。

 

  勝海舟も同乗した咸臨丸に乗船できた経緯が詳細に書かれている。諭吉はつてを頼って艦長の木村摂津守を紹介してもらい直談判したところ、あっさり同乗を許可される。軍艦奉行の家来でさえ、アメリカに行きたいと手を挙げる者はほとんどいなかったのだ。数百年にもわたり鎖国状態にあった日本人にとって、外国に行くことは命がけの冒険であり、航海にしり込みするのは当然のことだった。

 

  帰国後、諭吉は語学力を買われ、明治政府からは再三にわたって、外務省で働いてほしい打診されるも、断り続けた。徳川幕府にも明治政府にもくみせず、独立自尊を貫き、自由に学問に精進する道を選ぶ。

 

  あの時代の空気が皮膚感覚で感じられ、激動の時代を自分らしく生きた青春物語としても秀逸。夏目漱石の『坊ちゃん』を彷彿とするような痛快さがあり、抜群の面白さ。

『落日の門 連城三紀彦傑作集2』連城三紀彦

 

落日の門 (連城三紀彦傑作集2) (創元推理文庫)

落日の門 (連城三紀彦傑作集2) (創元推理文庫)

 

 

おすすめ度: ★★ (3つ星が最高点)

 連城三紀彦の膨大な短編から選りすぐった傑作集の第2集。

 本書の白眉は『落日の日』として収められた5編。発表当時、話題にならず黙殺された作品で、一部のファンしか知られていない。埋もれてしまうには惜しい傑作揃いの短編で、本書に再録された意義は大きい。

 

 2.16事件にかかわった人物たちを中心とした疑似歴史小説。疑似歴史小説とは、実在の人物はひとりも登場せず、あくまで舞台装置として歴史上の事件を扱っていることから名づけられたもの。

 

 2.16事件の主犯格である安田、村橋ら青年将校たちと彼らを巡る女性たちによって、物語が進む。一編ごとに独立した短編ミステリーでありながら、大きな物語として緩やかにつながっており、長編ミステリーとしても楽しめる趣向となっている。最後を飾る『火の密通』を読み終えると、物語全体を覆う大きな謎解きが提示され、また最初に戻って読み返したくなること必至である。

 

 連城三紀彦にとって、最大のミステリーとは恋愛を巡る人間の心理にある。登場人物たちの心理が刻々と著しく変わることによって、次々と不可解な謎が発生する。連城マジックともいうべき、真実と嘘が目まぐるしく反転し続け、読み進めるにしたがって、軽い幻惑と陶酔を感じるほど。人工的な技巧の限りを尽くしているのに、読んでいる最中は物語の面白さに目を奪われ、その技巧を感じさせない読みやすさ。連城三紀彦の魔術的な筆致を堪能できる。

『湖の男』アーナルデュル・インドリダソン

 

湖の男 (創元推理文庫)

湖の男 (創元推理文庫)

 

 

おすすめ度: ★★ (3つ星が最高点)

  アイスランドレイキャヴィク警察の犯罪捜査官エーレンデュルを主人公とする警察小説の4作目。

 

  干上がった湖底から数十年前と推定される白骨が見つかる。頭蓋骨には穴が開き、ソ連製の盗聴器が体に結び付けられていた。エーレンデュルは同僚の警察官と共に、国籍さえはっきりしない遺体の捜査を始める。

 

  警察の捜査と並行して、ある男の過去が回想される。若い頃、男は社会主義を信奉し、優秀な学力を認められて東ドイツに留学した。憧れの国で、同じくアイスランドから留学している友人たちと交流を深める。ハンガリーからきた女子学生との同棲生活を始め、前途洋々の学生生活が始まったかのように見えた。しかし、女子学生が突如、失踪する。

 

  事件の背景となっているのは第二次世界大戦後の冷戦時代である。人口わずか30万人の小国アイスランドでさえ、冷戦とは無縁ではなかった。アイスランドソ連・東ヨーロッパとアメリカ・西ヨーロッパの間に位置し、地政学的に重要な地であった。冷戦が終結するまで、自国の軍隊を保持しないアイスランドにはアメリカ軍が駐在し、国内には東側と西側のスパイが跋扈し、情報戦を繰り広げていた。

 

  社会主義という理想を追い求めた学生たちが大人になり、ある者は理想を諦め、ある者はかつての仲間を密告するスパイに成り下がる。そして、ある者はいつまでの過去の遺恨を胸に抱えたまま長い人生を生きていく。この事件は、時代に翻弄された悲劇の人間ドラマである。

 

  個人的な犯罪を端緒として、国家への告発に進展していく展開は北欧ミステリーの伝統を正統に引き継いでいる。

  ヨーロッパミステリ大賞、バリー賞受賞作。