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『売春島 最後の桃源郷 渡鹿野島ルポ』高木瑞穂

 

売春島~「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ~

売春島~「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ~

  • 作者:高木 瑞穂
  • 発売日: 2019/12/17
  • メディア: 文庫
 

 おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 

1995年8月、当時17歳だった少女が三重県志摩市の、ある島から泳いで逃げ、警察に助けを求めた。彼女はナンパされて付き合っていた彼氏から騙され、島で売春を強要されていたと警察に話した。その島の名は渡鹿野島、地元では売春島と呼ばれていた。この事件に関心をもった著者は、売春産業にかかわっていた人々を探し出し、聞き取り調査を開始する。

 

江戸時代から、渡鹿野島は漁師を相手にした芸子置屋が数件存在した。戦時中の1944年頃、500人の予科練生が駐在したことから、彼らが口コミで売春島の噂が生まれたという。

1960年代後半に四国から4人の女性がやってきて、売春を始める。彼女たちは、ほどなくして多数の売春婦をかかえる置屋を経営し、本格的な売春斡旋業を展開していく。なかでも岡田雅子は自分を逮捕した警官を抱き込み、その男と夫婦となると、旅館「つたや」を経営し、売春の元締めとして巨額の富を築いていく。

 

1980年代から90年代にかけて、島は黄金期を迎え、目抜き通りを歩くと肩が触れ合うほどの人であふれかえるほどだったという。売春婦の数は100人とも200人ともいわれ、多くは家出少女、多重債務を抱えた女、やくざに騙された女だった。社会の底辺にいる者が、さらなる弱者から金を搾取する世界だった。

 

30人以上の女性を売春島に売りとばした元やくざが、当時を振り返ってこううそぶく。

「頭には、カネと愛する嫁のことしかなかった。自分と、自分の嫁に良い生活をさせるためには他の女を泣かせても・・・(中略)男の口車に乗せられて売春島に流された女は俺の知る限りみんな、どこかヌケてるよ」

 

一方、やくざの夫に頼みこまれ、売春婦をしていた姐さんは当時をこう回想する。

「ほんとに良い島やったよ。(中略)みんな自分の意志で働きに来とるんやもん。私も惚れた男のためなら『売春でもなんでもしたるわ!』って」

 

2000年以降、性産業の多様化、2016年の伊勢志摩サミットの伴うクリーン化政策などの影響で、島は時代の波に押され、売春産業は衰退していく。とどめをさしたのが、「つたや」を経営していた岡田雅子が、詐欺師Y藤に新規事業をダシにカネをだまし取られ、破産してしまった出来事だった。

 

皮肉なことに、売春産業が衰え、町がクリーン化されるとともに、若者が消えていき、島は時代から取り残され、衰退の一途をたどる。現在、大手ホテルがひとり勝ちの状態であるほかは、風前の灯となる。ある島を舞台に金と色に取りつかれた亡者たちの栄枯盛衰記。

『山怪』 田中康弘

 

ヤマケイ文庫 山怪 山人が語る不思議な話

ヤマケイ文庫 山怪 山人が語る不思議な話

 

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 

 タイトルの「山怪」とは誰もが存在を認めていながら、正体のわからない日本の山にいる怪奇的な何かをいう。著者はフリーカメラマンとして、全国の山や狩猟の現場を歩き回っている。そこで収集した語りの原石である山怪を収集したものが本書である。

 

 本書に登場する山怪は、闇夜に見える狐火、歩きなれたはずの場所で忽然と行方不明となってしまう神隠し、周囲に何もいないはずなのに不気味な音がするといった類の話が満載されている。

 

 著者はこうした不可思議な出来事に対して、実在する現象ではなく、個人の脳内に浮かび上がる心象ではないかと推測している。だが、その風景を浮かび上がらせている源は山にあるという。

 

 語りは語られてこそ命脈を保つことができる儚い存在である。著者が本書を執筆した動機は、現代社会では都会だけでなく山村であっても、テレビやゲームの登場によって、かつて地域に伝承された語りが消えつつあることに危機感を持ったことによる。

 

 著者が懸念する通り、あと数十年もしたら、ここで語られた物語は語り部を失い消滅してしまっていただろう。現代の『遠野物語』というべき貴重な作品である。

 

『熊と踊れ』 アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ

 

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

おすすめ度: ★★★  (3つ星が最高点)

 3人の兄弟、幼馴染の元軍人の4人がスウェ-デン軍の武器庫から大量の銃器を略奪する。彼らは奪った武器を元手に銀行強盗を始め、次々と現金強奪を成功させる。警察はその手口の鮮やかさからプロフェッショナルな犯罪集団と予想し、捜査を開始するが、一向に容疑者が浮かび上がらない。一方、順調に犯行を重ね、固い絆に結ばれたはず兄弟たちだったが、いつしか思わくの違いから仲間割れが生じ、犯行のほころびが拡大していく。

 

 銀行強盗の過程をつぶさに追跡した現在と、暴力的な父親により3兄弟と母親が翻弄されていく過去が、交互に描かれながら物語は進行していく。

 家族の団結という名の下に独裁的に家族を支配しようとする父、その父を嫌悪していた長男レオが、事件を起こすたびにいつしか父のように弟たちを支配していく過程が恐ろしい。

 

 もうひとつの物語の軸は、捜査を指揮するヨン・ブロンクス警部だ。彼は、数年前に妻と別れ、現在は独り身で孤独な生活を送っている。元妻も警察の同僚であり、鑑識官として事件の捜査にあたっていた。また、実兄は親殺しで刑に服していた。生まれ育った家庭が破たんしているという点において、彼もまた犯人の家族と共通している。

 

 本書は、1990年代初頭、スウェ-デンで発生した実在の銀行強盗を素材がモデルとなっている。執筆者のひとりであるステファン・トゥンベリは事件には加担していなかったが、犯行グループの兄弟のひとりであった。もうひとりの執筆者アンデシュ・ルースルンドは当時テレビ記者としてこの事件を取材していた。事件にもっとも詳しい因縁のふたりの共同執筆により、これまでにない臨場感を生み出している。

 

 手に汗握るスリリングな犯罪小説であると同時に、家族の絆の力強さと脆さテーマにした最良の家族小説にもなっている。家族の絆を見失ってしまった警察官と、家族の絆を死守しようとする犯罪者との対比が見事。北欧ミステリーの最高峰。

 

『宇宙はなぜ哲学の問題になるのか』 伊藤邦武

 

宇宙はなぜ哲学の問題になるのか (ちくまプリマー新書)

宇宙はなぜ哲学の問題になるのか (ちくまプリマー新書)

 

 

おすすめ度: ★★  (3つ星が最高点)

 

 「宇宙はなぜ哲学の問題になるのか」というテーマで、ソクラテスプラトンがいた古代ギリシャ時代まで遡って解き明かす知的冒険に満ちた一冊。

 

 ソクラテスプラトンは宇宙をどう捉えていたか?

 宇宙は確固たる数学的な構造であり、芸術的調和を体現している。一方、人の魂は何が科学的に真であり、何が芸術的に美であるか考える力をもっている。宇宙と人の魂は、別々に探究されるべきであるが、最終的には同じ構造をもっている。こうした思想に基づき、惑星の運行システムというアイデアを発明し、そのシステムを動かす宇宙的な魂の力について思索した。

 

 18世紀に生きた哲学者カントは、人間だけでなく、宇宙にいる知的生命体は私たちと同じ方法で幾何学の定理などを理解しているはずであると考えた。18世紀という時代に、すでに宇宙人の存在に言及したカントの先見性は驚異的ですらある。

 

 18世紀と現代では、比べられないほど宇宙の研究は進歩したが、現代物理学者が宇宙にいる知的生命体の存在を探ろうという計画の根本にあるのは、カントの思想から何ら変わっていない。つまり「人類が獲得した科学技術は普遍性をもったものであり、人類とは異なる知性をもった生命体であっても、同じ論理的な体系に行き着く」はずであるという確信である。

 事実、SETIプログラムでは、地球外文明からの信号を電波干渉計によって探知しようとする試みを継続している。

 

 ところが、哲学者たちからはこうした物理学者たちの主張を疑問視する声が有力である。

 なぜなら、仮に知的生命体からメッセージを人類が受信したとしても、その情報を翻訳するやり方が多すぎてどれが正しいか決定できない。さらに、メッセージを交換するためには、その交換を行う者同士の間に基本的な生活様式の共有がなければ成立しない。人類と知的生命体とはほとんど生活様式を共有していないと考えられる。したがって、私たちが宇宙の果てから電波のデータを大量に受け取ったとしても、その解読に成功し、コミュニケーションをできる可能性は非常に低いというわけだ。

『巨乳の誕生』 安田理央

 

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 

 かつて男性は巨乳の女性に対して無関心であり冷淡だった、といったらびっくりするだろう。しかし、本書によると、大きな胸を性的な魅力であると、一般的にみなされるようになったのは、1990年代以降のことらしい。

 

 江戸時代、春画に登場する女性たちは男性と区別できないほど平坦な胸だった。そもそも女性の胸が描かれること自体、少なかった。混浴が日常であった当時、女性の裸は顔を見せるのと変わらなかった。また、女性の胸とは母乳を飲む赤ん坊のものであり、性的な器官とは思われていなかったのだ。

 

 1940年代~1950年代、外国映画で、ジェーン・ラッセル、マリリン・モンロージェーン・マンスフィールドらの登場によって、肉感あふれる女優が外国でもてはやされた。日本にもその余波が伝わり、ストリッパーや肉体女優が登場し、次第にバストがセックス・アピールのひとつと認知されていく。

 

 1970年代、ハワイ出身のアグネス・ラムや麻田奈美のリンゴ・ヌードの大ブームによって、徐々に大きな胸が市民権を獲得していく。

 それでもまだ世間では「大きな胸をした女性は頭が悪い」とか「性的感度が悪い」という俗説が信じられ、巨乳の女性は肩身が狭かった。1980年代のAVブームでも、胸の大きなAV女優は人気を勝ち得ることができなかった。

 転機が訪れたのは、1989年、AV界に松坂季実子がデビューし、外国人にも引けをとらない110センチのバストが大評判となり、ようやく巨乳が一般に認知される。これ以降、AV女優だけでなく、グラビア・アイドルもバストの大きい女性たちがもてはやされ、現代にいたる。

 

 もうひとつの本書の読みどころは、豊かな胸を表す表現の変遷である。1967年に大橋巨泉がテレビで朝丘雪路の胸をボインと評したことが発端。1970年代はデカパイが多用される。1980年代から1990年代はアメリカのアダルトマガジンに使われていたDカップという表現が日本でも定着した。AV女優の松坂季実子の登場以降、巨乳という言葉が一般的になる。かつては大きな胸を意味したCカップやDカップが珍しくなくなった現代においては、巨乳よりさらに大きいという意味で爆乳という言葉まで現れた。

『働くおっぱい』 紗倉まな

 

働くおっぱい

働くおっぱい

 

 

おすすめ度: ★  (3つ星が最高点)

 

 著者は高専在学中にデビューした人気AV女優。これまでにもエッセイや小説を発表している。

 『働くおっぱい』というタイトル通り、AV女優という特殊な職業にまつわる日常生活が赤裸々に、かつ等身大で語られている。AV女優として生きていくことは、苦悩や理不尽な出来事の連続だった。

 

たとえば、

・職業記入欄にAV女優と記入したら、アパート物件が借りられなかった。

・プライベートではささやかな声しかで出さないのに、「マグロ状態」とレビューで酷評され、ウケる喘ぎ声を夜な夜な練習した。

・新郎を寝取ってしまうウエディングプランナーに扮した作品が彼女の最大のヒット作になった。一所懸命に演じた作品が売れてくれたことは嬉しいものの、私生活でこんな事態になったら「絶対許さない」と、作品とリアルな自分とのジレンマに重い悩む。

 

 こうした世間の不条理さと戦いながらも、デビューして7年目になりいつまでAV女優として続けていくことができるんだろう、と将来への不安が率直に語られていたりもする。

 

 特殊な職業に就きながらも普通感覚を失わない働く女性のエッセイ集。

『日本エロ本全史』安田理央

 

日本エロ本全史

日本エロ本全史

 

 

おすすめ度: ★★  (3つ星が最高点)

 

 戦後(1946年)から2018年までの主なエロ本100冊を時系列順、1誌につき見開き2ページで、創刊号の表紙やヌード写真、掲載記事をカタログ的に紹介している。

 

 ほとんどの雑誌は、創刊号とその後の紙面が全く違うことが記されている。よしにつけ悪しきにつけ、雑誌は売上がすべてであり、読者に受けいれられる紙面作りが至上命題であるため、変貌を余儀なくされる。

 

 雑誌が変貌していくもう一つの要因は、猥褻写真をめぐる警察の取り締まりやコンビニ販売の有無にかかわる。編集者の逮捕により雑誌が休刊したり内容を変更せざるえなくなる。また、コンビニで取り扱ってもらえるかどうかによって、雑誌の販売部数が大きく左右される。コンビニで販売できなくなったエロ本は否応なく休刊に追い込まれるからだ。

 

 エロ本がエロだけではなく、サブカルチャー誌としても重要な位置を占めていたことは驚きだった。ヌード写真さえ載せていれば、少数の読者にしか受けそうにないマイナー記事や反社会的でアナーキーな記事さえ掲載することもできた。主流ではない、もうひとつの若者文化を育む場所を提供していたといえる。

 

 著者はエロ本の編集者として30誌もの編集に携わり、AV監督やAV男優としても活躍した経歴を持つ。著者による「エロ本私史」は個人史であると同時に、1980年代~2010年代のエロ業界の通史にもなっており興味深い。インターネットの普及によって、半世紀以上続いたエロ本の歴史が終焉を迎えようとしている。

 

 本書を読んで感慨にふけった。社会現象となった女子大生ブーム、おニャン子クラブブルセラ、コギャルの流行は、現在、その痕跡すら残っていない。あらゆる風俗はあっというまに隆盛し、あっというまに衰退し、跡形もなくなってしまう。

 

 昭和から平成にかけての性風俗及びサブカルチャーを語るうえで欠かせない資料的価値満載の一冊。